ジャン=フランソワ・ミレー  庭にて
ポストン美術館が、これと同題・同サイズの作品を所蔵している。まったく同じ構図で、主たる技法としてパステルを用いることも共通。こちらは、作者自身によって再制作されたレプリカである。実に伸びやかな筆遣いでバルビゾン村にあったミレ一家の裏庭を描く。登場人物は確定できないが、おそらく中央の若い女性が長女、左の幼児は次男か五女であろう。この絵からも、ミレーが農村に溶け込んで暮らしていたことがわかる。

ジャン=フランソワ・ミレー [1814-1875]
1840年代後半からバルビゾン村を中心に活動した自然主義的傾向の画家たち、いわゆるバルビゾン派の間で中心的な役割をした一人。ただし、他のバルビゾン派の画家たちがひと気のない森の風景を描くことに力を注いだのに対して、ミレーは大地に根づいて生活する農民たちの姿をあたたかい目で見つめ描き続けた。 ノルマンディー地方の地主の家に生まれる。シェルプールで絵画を学んだ後、パリの国立美術学校に入学しドラローシュのもとで学ぶなど正統的な美術教育を受ける。1840年に肖像画によってサロンでの初入選を果たす。1840年代後半から労働者や農民を描くようになると、二月革命直後の社会の共和主義的な風潮から、ミレーの意図とは別にそれらの作品が国家の賞賛を呼ぶこととなる。1849年、家族を連れてバルビゾン村に移り住み、働く農民たちの姿を描いたほか、1852年以降テオドール・ルソーと親交を結ぶ。1860年代になると社会的名声が確立し、1867年の万国博覧会では回顧展が開催された。

1860〜62年
パステル・水彩・クレヨン、紙
31.5×36.5cm
ページを閉じる 
山寺 後藤美術館